
2025年10月9日、ロサンゼルスの夜は静まり返っていた。
ナショナルリーグ・ディビジョンシリーズ(NLDS)第4戦。シリーズの行方を決める大一番。スコアは1対1のまま、延長に突入していた。
ドジャースのブルペンには疲労の色が滲み、観客席には一瞬の沈黙が漂う。
そして、その静寂を切り裂くように、ひとりの投手がマウンドへ歩み出た。
背番号17、ロウキ・ササキ。
25歳の右腕が、球界の未来を象徴する存在へと変貌を遂げる瞬間だった。
■ 投手戦の果てに現れた“異物”
この日の試合は、序盤から緊迫の展開だった。
ドジャースのタイラー・グラスノウとフィリーズのクリストファー・サンチェス――両エースが互いにゼロを並べる。
7回、ニック・カステラノスのタイムリーでフィリーズが先制すると、スタジアムの空気は一気に緊張へ傾いた。
「1点が永遠に感じられる試合だった」と語ったのはドジャースの捕手ウィル・スミス。
打線は相手投手陣に封じられ、反撃の糸口が見えない。
そんな中、ロバーツ監督は迷わずブルペンに電話をかけた。
“Roki, get ready.”
ベンチから出てきたその瞬間、ドジャー・スタジアムの空気が変わった。
球場全体が、彼の一挙手一投足を見逃すまいと息をのんだ。
■ 3イニング、9人、完全。――そして162km/hの衝撃
マウンドに立った佐々木朗希は、まるで自分の世界に入るように深呼吸を一つ。
最初の打者、ブライソン・ストットへの初球は100.7マイル(約162km/h)のフォーシーム。
捕手のミットが高く鳴るたび、歓声よりも先にため息が漏れる。
2人目も、3人目も、スプリットで空を切らせた。
わずか10球で1イニングを終えた佐々木の背中に、観客席から地鳴りのような拍手が起きる。
その後も流れを一切渡さず、3イニング連続三者凡退、被安打ゼロ、奪三振4、無四球。
すべてが“完璧”という言葉に尽きた。
「彼のボールは消えていた」
そう振り返ったのは、三振に倒れたフィリーズのハーパーだ。
「球速だけじゃない。どの球も意志を持っていた。」
MLB公式は翌日、“Roki Sasaki silences Philadelphia in poetic perfection”(詩のような完全投球でフィラデルフィアを沈黙させた)と大見出しを掲げた。
その表現は、もはや誇張ではなかった。
■ 救援起用という“革命”
この秋、ロバーツ監督が下した最大の決断は、佐々木を「リリーフ」として使うことだった。
先発型の投手を短いイニングで投入する――それは伝統的なMLBの戦術から見れば異端に近い。
だが、チームは疲弊し、ブルペンの柱が崩壊寸前。彼の剛腕を後方に回すことは、理にかなっていた。
結果は、誰の予想をも超える成功だった。
NLDS全体での登板成績は5.1回、被安打1、無失点、奪三振5。
第2戦ではセーブを記録し、第4戦では延長戦を完全に封じて勝利を引き寄せた。
ドジャースはシリーズを3勝1敗で制し、佐々木はその立役者として称えられた。
「彼が投げると、試合の流れが変わる。」
ロバーツ監督は試合後、そう語った。
「彼はまだ若い。だが、マウンドの上では誰よりも冷静だ。」
■ “静かなる怪物”が刻んだ夜
試合後のクラブハウス。シャンパンの飛び交う喧騒の中で、佐々木は淡々とした表情を崩さなかった。
「チームが勝てたことがうれしいです。僕の仕事はただ、目の前の打者を抑えること。」
言葉は短くても、芯は太い。
メジャー初年度、異国の地で重圧と向き合いながら、結果でチームを支えた。
その姿勢こそ、ロサンゼルスのファンが彼に惹かれる理由だ。
LA Times紙は翌日の紙面でこう評した。
“He brings the calm of Japan and the fire of a champion.”
(彼は日本の静寂と、勝者の炎を併せ持っている。)
■ 次章へ――“完全”の先にあるもの
かつて千葉ロッテで完全試合を達成した男が、今度はメジャーのポストシーズンで再び“完全”を体現した。
それは単なる快投ではなく、日米の野球文化が交差する象徴的な瞬間でもあった。
彼の162キロの直球は、スピードガンの数字以上に、チームと観客の心を震わせた。
そしてその夜、彼は静かに、確かに、新しい時代の扉を開けたのだ。
「まだ通過点です。ここから、もっと強くなります。」
― 佐々木朗希
🏆 試合データ
- 試合日:2025年10月9日(ロサンゼルス)
- 結果:ドジャース 2 – 1 フィリーズ(延長11回)
- 佐々木朗希:3.0回、被安打0、奪三振4、無四球、無失点(勝利投手)
- シリーズ成績:5.1回、被安打1、奪三振5、無失点、セーブ1
■ 終章:伝説の序章にすぎない
ドジャースのブルペンを救い、ポストシーズンを掌握した25歳の侍。
彼の静かな表情の裏には、次なる頂――ワールドシリーズへの野望が宿っている。
162キロの直球は、もはや速さではなく、象徴だ。
佐々木朗希という名前が、世界野球の“共通言語”になる日は、もう遠くない。

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